FC2ブログ

奈良美智 for better or worse

続きまして。

豊田市美術館で開催中の,奈良美智 for better or worse を観に行ってきましたよ。


奈良美智といえばこういう上目遣いの女の子のイラストだね。
このイラストのイメージしか,ないw

展覧会へ行けば,他のイラストもいろいろ見られるのかな…
奈良美智の初期の作品ってどんなんなんだろ…
って思って行ったけど,

その期待は裏切られw,
初期からずーーーーーっとあの絵ばっかりだったwww

だから展示の最初の方は面食らった。
他の作家によくある,「初期の作品は全然違うタッチ,
でも途中のこの時期からこの作風が生まれて」みたいなやつ,無かったwwww
初めからずっとあの絵www(あの絵ばっかり選ばれているのかもしれない。)

まあ正確に言うと,展示の一番最初は
奈良美智の蔵書と,おもちゃ・レコードコレクションが並べられてた。
子どものころ影響を受けたものたち,だそうだ。
ここで真っ先に感じたのは
 
「金持ちかよ…!!!」
だった笑。

大人までに集めたコレクションならわかるけど,
高校時代まで…って書いてあって
こんなにレコード持ってるの?蔵書持ってるの?ww
って感じでしたわ。

それはさておきw
今回の展示はほとんどが先の女の子の絵で,どれもこれも,似たよーな絵…
かと思いきや,よくよく見ると違うのである。

笑っているようで
悲しんでいるようで
怒っているようで。

髪型や服装もちょっとずつ違って,
子どものようにも
大人のようにも見える。
知らない子どもかもしれないし
知っている子どもかもしれないし
よく知らない女性かもしれないし
よく知っている女性かもしれないし
ただならぬ関係の女性かもしれないし
愛情で結ばれた関係の女性かもしれないし。

見る人の心を映す絵だなあと。
これまで真面目にしっかり見たことなくて,
女の子とか、子どもとか,そういう風に見えてたんだけど
いろんな見方ができて面白い。
(後でチラシをみたら,似たようなことが書いてあった。
そういうところが評価されてるらしい。)

そして,中には立体作品もあって,
奈良美智の作品は立体になると途端に面白さが倍増する。
立体にとても向いている絵だから立体作品はより面白さが引き立つ。
絵とはまた違って純粋に楽しめていいな。

これまで,正直好きでも嫌いでもなかったけど
面白いなあと思うようになった。

今回の展示の戦利品。↓
なお,中央は今回の展示のチラシ。


迷ったけどポストカードにしちゃった。
左上は立体作品の写真ポストカード,右下はミス・マーガレットっていう
名前の作品だったはず。
この絵だけでも,中央の子と,右下の子が似て非なる人物だということがわかるかな。
(え?同じに見える?www)

見る人の内省を引き起こすような作品も,面白いなー。
スポンサーサイト

ピーターラビット展

名古屋市博物館で開催中の,ピーターラビット展に行ってまいりました。
会期は9月16日から,11月15日まで。
ちょうどタイミングがあったので,開催初日に行ってきた―\(^o^)/
初日だったけど,台風も来てたからか,意外に混んでなかった!
ピーターラビット作者のビアトリクス・ポター生誕150年らしい。
そんなに前の人だったんだ。。。

ピーターラビット展!って聞いて,これは行かなくては!
って思って前売りを買ったんだけど,
「ピーターラビットってどんな話だっけ?」って聞かれて
答えられなかった…(;´・ω・)
あれ?どんな話だっけ?

って思ったんだけど,ピーターラビットは絵本だったのね。
んで,日本で発行された絵本を調べてみたら,
なんとなく見覚えのあるやつも…。保育園の頃に読んだかもしれない。
でもストーリーはさっぱり忘れてて。

ただ,なんかピーターラビットのことをよく知っている気がしてて
これはなぜなんだろう?と思ったら,幼少時代のフォトアルバム
(もちろん写真を差し込むタイプのやつ)の絵柄が
ピーターラビットだったことを思い出した。

子どものころの何かにキャラが使われてると
そのキャラのストーリーとかを知らなくても
親近効果か,なんか好きになるよね~
学習デスクにひいてあったマットに最初挟んであった紙(で伝わる?w)が
サンリオのマロンクリームだったから,なんだかマロンクリームは好きだった。

と,これは余談なんだけど
前置きが長くなりましたがw,見てきました~

原画がいっぱい展示してあった!
原画は,絵本や挿絵用だから,思った以上に小さいものばかり。
もともと大きく描いて,それを縮小して使用…かと思いきや
19~20世紀初頭はそんな時代ではなかったw 原寸だったw
だいたい,横8cm,縦10cmとかそれくらい。目分量だけど。
しかし絵はめちゃくちゃうまい。書き込みがすごい。繊細。

展示によると,キノコの研究したり,いろんな動物をペットとして
それを観察して絵を描いたり解剖したり,かなり研究熱心だったみたい。
その緻密な観察があの繊細なイラストにつながっていたとは,知らなかった!

絵本作家としてのデビューは案外遅くて,34歳の時に私家版を発行してのちのこと。
そこからは売れっ子作家として登りつめてゆく。
でも,その人生はよいことばかりではなく。
良い人と出会って,プロポーズされたけど家族に反対され。
そうこうしているうちに,相手の男性が亡くなってしまったり。

その後も別の良い人と出会うけど,それも家族に反対され。
結局その人とは,押し切って?結婚するけど,なかなか大変だね。
でも,その間も絵本をいっぱい出してるっていう。すごい。

ピーターラビットは,いまや日本でも広く知られて,
絵本やグッズも広く出回っていて…商業的なアイコンのイメージが強いかもしれないけど,
べアトリクスがピーターラビットのお話を考えたのは
少年に送った手紙がきっかけだったのよね。
純粋に子どもを楽しませたいとか,喜ばせたいとか
そういうところが出発点だったんじゃないかなあ。

ビアトリクスは晩年,絵本などで得た収入をもとに,
ナショナル・トラスト運動もしていたし,
自然もとても愛していたようだ。

人を喜ばせたいとか,自然が好きだとか,
そういう心が根幹にあったのではないかと想像する。
(ビアトリクスの解説本とか読んでないからあくまで想像だけど)
人生も波瀾万丈で,人間らしい一面も垣間見えて,
結構面白かったなあ。ピーターラビットがますます好きになった。

そして展覧会グッズの可愛いことよ…(笑)
どれもこれもほしくなってしまった(゚Д゚;)自重したけど…。

そういえばピーターのお父さんって,マクレガーさん(人間)の奥さんに
パイにされてしまったんだって…。結構残酷ーー
公式ホームページのキャラクター紹介でも,お父さんだけうさぎの姿ではなくて
パイで描かれているっていうwww

というわけで,ピーターラビット展のレポートでした。
会期はまだまだあるので,興味ある方はぜひ。

アドルフ・ヴェルフリ観てきた

今,名古屋市美術館でやってる
「アドルフ・ヴェルフリ 二萬五千頁の王国」
に行ってきた~!!
http://www.art-museum.city.nagoya.jp/tenrankai/2016/aw/


ゴッホ展と違って,会期は3月7日から4月16日までと,かなり短め。。。
これはかなり楽しみにしてた!!
いわゆるアウトサイダー・アートの展示なので…。

アウトサイダー・アートは,正規の美術教育を受けてないアートのこと。
元来,フランス語で,精神障碍者や,受刑者などのアートをさす「アール・ブリュット」って概念が先だったようだけど,
英語の訳されるうちに概念の範囲が広まったようだった。
ただ,日本で「アウトサイダー・アート」というと,
フランス語で言う「アール・ブリュット」のほうに近い認識のようだ。

(※以下,正規の美術教育を受けてないアート→「アウトサイダー・アート」,
精神障碍者・受刑者などのアート→「アール・ブリュット」って使い分けますのでよろしく。)

アドルフ・ヴェルフリ以外の有名な人だと,アメリカのヘンリー・ダーガー(「非現実の王国で」),
日本人では山下清がそれに該当するようです(^v^)
そういえばジミー大西もアウトサイダーかもしれない。今は絵描いてないっぽいけど。

アウトサイダー・アートは個人的にとても興味がある。
こうして生の絵を見られるっていうのはかなり貴重な機会でした。。。


絵は,まるでミニアチュールのようだった。
立体感や奥行きなんかはなくて,平坦なんだけど,
鉛筆で細かく描きこまれ,時に着色されていた。
一つの絵のサイズもかなり大きかったので,迫力もあって。

アール・ブリュットは,凄みが,ある。と思う。

その絵で,有名になろうとか,食べていこうとか,そういうものじゃなくて,
自己を表現するものとして,純粋に描かれるから,
生きていることがそのまま絵と重なる。
絵の背景には,経済活動や生活じゃなくて,描き手の血潮や鼓動などが,見えるようだった。
(ヴェルフリの場合は,晩年はその絵を売って少しばかりの
お金を儲けていたようだったが,病院の中での売買だったため,
それによって富を築くとか,そういう感じではなかったと思う。)

もちろん,普通の画家だって,生きることは描くことだ!って
描いている人もたくさんいるだろうし,一つ一つの作品に
魂がこもっていると思う。

けど,なんていうのかな…。理論をさしはさむ余地がない。
言葉を,思考を,超えているように感じる。
絵を見て,頭で考え,言葉で説明することの無力さを覚える。
そこに凄みがある。説明がつかない。


ヴェルフリは,とても不遇な幼少時代を過ごし,
いろいろな不幸や不運が重なるうちに,
問題や事件を起こすようになり,統合失調症と診断され,
精神病院の中で作品を描き続けた。

彼が初期につくりあげて自叙伝である,「ゆりかごから墓場まで」は
その辛い幼少期を書き換えるものになった。

・・・・(´・ω・`)

辛いことがいっぱいあった人生だったから,この作品が生まれた。
けれど,彼が温かい,豊かな家庭に生まれていれば
彼自身は精神を病むことはなく,絵は描かなかっただろうけど,
幸せに生きられたのかも・・・・・・。
(統合失調症は発症メカニズムは不明で,一部は遺伝,一部はストレスともいわれる)

なんて思ったりもしたけど
歴史に「たられば」は禁句だ。
たらればって言っていいのは東京の女性3人組だけだ。笑

いま,こうして,こういう時代だから作品を見られること,
作品を通してヴェルフリの人生を見られること,
それは彼が苦難の人生を歩んできたからこそのこと。
彼の苦難の人生には大きな意味があった,と思う。

けど,ひとつやっぱり気になるのは,
こういう時代だからアウトサイダー・アートが評価されるけれど
彼自身は精神を病んでいたとはいえ,性的暴行でつかまったりしてて,
そういう被害者がいるっていうのがね。。。

もう被害者は亡くなっていることと思うけど,被害者の子孫とかいるかもしれないし。
被害者の子孫は,こうして世界で評価されていることを
どうやって見ているんだろうなあ。と。なんだかちょっと複雑です。


展示は,土曜日だってのに人が少なく,笑
快適に見られた。

名古屋市美術館には,「ゴッホとゴーギャン展は愛知県美術館で開催中です」
っていう看板が立っていた。間違えてくる人が後をたたなかったのだろう。
間違えて来た人も,見ていけばいいのにな。って思った。

こういう展示,とても好きです。


アドルフ・ヴェルフリが終わったら,満州国の写真展をやるそうなので,
これも必見なり。

ゴッホとゴーギャン展

先日,愛知県美術館でやっていた「ゴッホとゴーギャン展」に行ってきた。
http://www.g-g2016.com/aichi/


昨年末に東京でやっていて,今愛知。巡回展で次どこかは知らない。

大盛況だったからあまりゆっくり見れなかった。

そして,絵は別によかったのだが,私は展示の構成に少し不満を持った。
解説が初学者にはあまり優しくなかった。
また,構成の意図がわかりにくかった。
彼らの人気にあやかって,若干手抜き?と思ってしまった。

私の興味を一番引いたのは,最後の年表だった。
ゴッホの年表を見ていると,なんだか「かわいそうな人」のように思えてきた。

また,もともとはゴッホよりもゴーギャンが好きだと思っていたのだけれど
今回の展示ではゴーギャンよりもゴッホの方が印象に残った絵が多かった。

その日はなんとなくすっきりしない気分で展示を後にしたんだけど
だんだんとゴッホのことが気になり始めた。

女性に振られまくるし,どこいってもうまく働けないし,画家を志したのは27歳だし,
弟にお金もらってたし,ゴーギャンとはうまくいかないし,精神病だし,37歳で自殺しちゃうし・・・・

なんなの。(笑)



結局,ゴッホの本を買って,ドキュメンタリー映画を見た。

本は,圀府寺司(こうでら つかさ)さんの「ゴッホ 日本の夢に懸けた芸術家」というもの。
こうでらさんは今は広島大学の教授で,ゴッホとかの研究をされているようだ。


この本はめちゃくちゃよかった。。

絵画写真もカラーで掲載されてるし,ちゃんとした研究に基づいて書かれている。
もともとゴッホは手紙魔で,大量の手紙が残っているので
その手紙を引用しながら,ゴッホの人生と,絵が描かれた背景について詳しく解説している。
どうしてこの絵が生まれたのか,このモチーフはなんなのか。
史料を元にした筆者の解釈がとてもわかりやすい。

何より筆者のゴッホ愛が伝わってきて,読んでいて楽しい。
それはゴッホを賞賛するんじゃなくて,「ゴッホはこういうところあるから…はあ。しょうがないよね。」みたいな
すこしdisりつつも,そんなところが愛おしい,みたいなところがいい。(笑)

これを読んだらなんかゴッホのことめちゃくちゃ好きになってしまったわ。笑
ほんと残念な人だよ,この人は・・・。近くにいたら嫌だろうけどね。笑

映画の方は,2009年の「ゴッホ:天才の絵筆」っていう海外ものなんだけど
これはあんまりよくなかった。。
和訳(字幕版)の問題もある気もするけど。


そんで結局思ったことは,「ゴッホとゴーギャン」ってくくりでやった展示だったけど
思ったほどゴッホとゴーギャンのつながりって濃密じゃないんだよね。

一緒に暮らしたの2か月だし。
ゴッホは南仏のアルルを楽園とみなして,夢いっぱいで始めた生活だったけど
ゴーギャンはお金に困ってたから身を寄せただけであって
思想や構想が共有できていたわけではなかった。

そこがあの展示の違和感の一番の原因だったかもしれない。

「ゴッホという画家,ゴーギャンという画家を同時に紹介する展示ですよ。」
ってことなら,たぶん普通に見れたと思う。
「ゴッホとゴーギャン展」っていう名前から私は,彼らの「つながり」が
浮かび上がる展示なのかな?って期待しちゃってたところがあった。

もちろん,まったくないわけではなかったけど・・・。
見ていて,なぜか私は二人の温度差を感じてしまった。
見る人によっては,二人の心の交流とかを感じることができたんだろうかー。



結局,こうしてゴッホについて知って,また展示を見たくなっているという。(笑)

もう一回行っちゃうかも。


こうやって考えたら,ゴッホとゴーギャン展,完全に成功してるよね。笑

穂村弘「はじめての短歌」

めちゃくちゃ面白い本を読んでしまった。

穂村弘 「初めての短歌」(河出文庫)



最近短歌にも興味を持つようになりまして。
というのは,結構詩歌の雑誌とかって,短歌も一緒になってくるんだよね。

で,短歌なんてあはれなもの私とは縁がないわ。
って思っていたけれど,この穂村弘さんという人の作る短歌は
今までのイメージとだいぶちがった。。。
新しい時代の短歌,という気がする。

短歌と言えば誰もが知っている俵万智さん。
「サラダ記念日」は教科書にも載っていてあまりに有名。
みずみずしくて透明感のある素敵な短歌。

穂村弘さんも今や日本の短歌界を牽引するスーパースターなのだけれど,
また俵万智さんとは違う流れというか
「教科書向き」な感じじゃないんだけど笑,サバイバル感,生きている感がある。


この本には,穂村さんご自身が作られた短歌は掲載されていないけれど
穂村さんの考え方はよく伝わってくる。
「生きのびる」ためではなく,「生きる」ための言葉,それが短歌。

巻末の山田航さんの解説に,「これはビジネス書だ」って書いてあるけど
本当にそうだと思う。
「短歌は役に立つ」。そう思う。(詩はそんなふうに思わなかったんだけどw)

ちょっと前に読んだ,平田俊子さんの「詩、ってなに?」というムックの企画で,
詩人じゃないいろんな人に詩をつくってくれっていう手紙を送るっていうのがあったんだけど
その後平田さんがご自身のTwitterで,
「政治家の心に詩があればこの国はもう少しよくなるのではないだろうか」
ということをつぶやいておられて,ほんとうにそうかもしれないなあって思った。


前回の記事と内容が重複するけど,
私もほんの1年くらい前まで,詩とか短歌とかに全く無縁の生活を送っていて,
ビジネスとか社会とか効率とかそういうものに一番価値を置いてた。
成果ももちろんそれなりに出して来た。
自分で言うけど笑,人からすごいね,さすがだね,って言われるような人間。

今もそれは大切なことだと思うけれど,徹底的な無駄の排除じゃなくて
生きる力も大事だと思う。「生きのびる」ためじゃなくてね。
両方あったらいちばんいい。片方だけ秀でているのも素敵なことだ。

今までビジネスのメガネで見ていた世界を,詩歌のメガネで眺めると,
新しい発見がいろいろあって楽しい。
これからは会社のクソみたいなできごとを短歌にしちまおうかと思う。笑


で,この本を読んで,私も短歌作りたいと思いました。

短歌なんてね。作れないだろうと思うだろうけどやってみる前に否定するのは悪い癖だ。
だからやるよ。とりあえず。

ふだん全然詩を作らない人に「詩,作ってみて」って言ってみんなが作ったら
どんなに楽しいだろうと思う。
評価を求める作品ではなくて,楽しみ味わうための創作。
それが人間として「生きる」ことにつながるんじゃなかろうか。

世界がどんなに変わっても,人の言葉には心を動かす力がある。
そんなことを感じたのであった。


余談だけど,この本のカバーデザイン,寄藤文平さんなのね。
寄藤さんと言えば,私の好きな「元素生活」や「ウンココロ」の人。
寄藤さんってこういうデザインもされてるんだなあ。。。
勤行集みたいなデザインだ。。。(いや,短歌集風のデザインなのか・・・)
良いと思います。


とても良い本からのスタートでした。