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2016年を振り返って

トラベラーズノートについて書く前に大晦日なので笑

2016年は,近年まれに見る結構大変な年だったと思う。
あれかな,大学受験以来って感じ。
でも,結婚も出産もしてないのに,「大変な年だった」とはもはや言いづらい感じになってしまったけど。。。(笑)
(でも,大変かどうかは客観的な問題じゃなくて主観的な問題だから,私の人生上ではかなり大変な年だった。)

年明けから4月くらいまでは,病んでましたね。(正しい意味で)
不眠とか過労とかいろいろで病院に通ったりもしてた。
ちゃんとご飯をたべて規則正しい生活をしていたんだけど・・・睡眠時間が短かったし,
脂質を取らずに糖質ばっかりとってる生活だった気がする。(笑)

で,まあ,今はすっかり良くなったんだけど。
自分の健康について改めて考えさせられる1年になりました。

相変わらず睡眠時間は短いんだけど,無理して活動しすぎないよう,
この年末は結構ゆっくりするようにつとめてますー
絶対どこか出かけたくなっちゃうんだよなあ。。。


そしてこの1年,大切にしようと思っていた言葉があって,それは,

「たいせつなのは,じぶんのしたいことを,じぶんで知ってるってことだよ。」

っていう,スナフキンの言葉w

(年末から年明けにかけてムーミンシリーズを読みまくっていた)

自分はいったい何がしたいのか。ということを自問自答し続けた1年になりました。
そして現時点でのこたえは,見つけることができたと思う。
何のために働くのか,何のために勉強するのか,自分の生を通じて何を実現したいのか。

フランクルの言葉を借りれば,自分は何のために生きるのか,と問うことは間違っていて,
自分にもうすでに与えられているものに応えていけるようにしたい。


そして今年大きかったのは,詩との出会い。
これまであまり詩は読まなくって,完全に思いつきで始めた詩だったけど
新しい世界を開いてくれて,世界への見方も変わった。

これまで,効率とか合理的とか,そういう言葉が大好きで,非効率や非合理は排除し続けてきた。
もちろん生きていく上で効率的であったり合理的であることはとても大切なことだけれど
それだけでは豊かになれないということを知った。

本当ならば,自然と詩が沸き起こってくるのがよいのだろうけど,私はあいにくそんなにセンスがないので(笑)
詩を書くために自然に触れたり,改めて周りを見つめたりするのだけれど
すっかり裸になった落葉樹を見て,いつも通っていた街路樹にじつは楓と銀杏の2種類が植えてあったことを知り
そのことにまったく気づいていなかった自分に驚いたりした。笑
(いつも見ているくせに,何か植えてあるなーくらいしか思っていなかった。。。)
裸になった木でも,楓と銀杏ではまったく枝ぶりが違っていることに改めて気づいたり。

いつもならふーんって思って立ち止まらないことにも立ち止まって
自分の驚きや感動を記しておいたりと
だんだんと「書かずにはおれない」仕様になってきています。

世界はまだまだ驚きと発見に満ちていて楽しい。


いっぽうで,伝えないといけない言葉もたくさんあるので
来年はますます飛躍できるよう,努力を続けたいと思う。

「なんで,つらいことを続けるの?」って人から聞かれたことがある。
私が苦しみながら詩を作ったり,英語を訳したりしているからだ。

自分を追い込んで苦しむのが好きだからだ。

だからこれで正解なんです。


来年もまた新しいことに挑戦する予定です。
皆様よいお年を。
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1988の憂鬱

例外なく,わたくしもポケモンGOやっています。

仕事が今大変忙しいです。
今年は6年目,なのでやる仕事も増え
さらに産休の先輩がいるのでそのしわ寄せもあり
大学の発表も佳境を迎え(一応昨日終わった)
詩作の時間はほとんどなく
通勤時間は英語のリスニング。

っていう生活をしていたんだけど
さらにポケモンを捕まえないといけないときた。


って,冗談はさておき。

ほんとにポケモンGOは面白い。
GPSで地図情報を使い,VRでまるで現実世界に
ポケモンが現れたように見える。

私たち,20代後半は,ポケモンストライク世代だ。

小学校低学年のとき,ポケモンが巻き起こしたムーブメントを
リアルタイムで見てきた。
多くの子が緑か赤,のポケモンから始め
青,黄色,金,銀・・・

私は金でストップしたけど
当時のことはとてもよく覚えている。

近年の妖怪ウォッチブームみたいなもので
ポケモンのゲームだけではなく,
男子はカードやシールを集めていたし
パンにはポケモンのシールがついていた。
小学館の「小学●年生」や「コロコロコミック」に
ポケモンのマンガが掲載され
アニメでは突然サザエさんをとがらせたような髪型の
ださいベストを着たサトシがピカチュウを引き連れて登場し
画面の点滅で気分を悪くする子どもが現れた。
アゲハチョウの幼虫を捕まえた子はその幼虫に
「キャタピー」という名前を付けたものだ。
二ドラン以外のポケモンに
性別があるのかどうかよく覚えていないのだが
ピッピとプリンは可愛い女子みたいな立ち位置だった。

2000年前後に,小学生だった君は,
これらのことをよく覚えていることだろう。

ポケモンGOで,ポケモンを捕まえると
当時のことをすぐに思い出すし,
名前も見れば蘇ってくる。
長い間ポケモンから離れていたのに,
ニョロモの進化形はニョロゾだし,
ウツドンの進化形はウツボットだ。

「栄でピカチュウを捕まえた」
「鶴舞公園にギャラドスがいるらしい」
「神領でカビゴンを捕まえた」

地理的条件に,そこまで拘束されないことは
分かっているのだが,
ほとんど現実化したポケモンについて
どこで捕獲したかという話,
その現実と非現実の融合,
そのおもしろさ。
ナンセンスだと分かっていても,
くつくつ生じる,おもしろさ。

なんてポケモンGOって面白いんだろう。



って思うんだけど,

ポケモンGOをやることで,
やらなかったら生じなかったはずの負の感情も生じることで,
感情が揺るがされていることに気が付く。
ポケストップに近づいたときに,たまたまアプリがフリーズして,
モンスターボールが得られないとき。
捕まえたいポケモンをうまく捕まえられないとき。
イラッとした感情が生まれる。

アタラクシア・・・
ヘレニズム時代という不安な時代を生きた,エピクロスが唱えた,心の平静。
アタラクシアの境地からは,どんどん離れていく。
短期的な快楽は確かに得られる,
けれども,
アタラクシアからはどんどん離れていく。
アタシコレデイイノカシラ、

っていうのが,1988年生まれの,私の憂鬱。


飽きっぽいからきっともう少ししたら飽きるんだろうけど
巨大なムーブメントに巻き込まれている,
安心 と 不安。

鶴舞公園は祭りだ。
みんなこのビッグウェーブに乗っている。
私もギャラドスが捕まえられるなら,行きたい,
ポケモンを集めているたくさんの大人たちの,
姿を見て,安心したい。
互いに言葉を交わさないとしても,
姿の見えない誰かがルアーモジュールを使って
そこにわらわら集まる,トレーナーたち,
存在だけを確かめて,
安心したい。
かすかに残存する,ノスタルジア。
公民館で,ケーブルを使って,
対戦したあの日,
もうケーブルは姿を消して,
今はひらひら舞う,花びらに。

そんな1988の憂鬱は
もう数週間後にはゆっくりと消えて
現実に向かい合っていることだろう。
ノスタルジアがあるから,楽しい,恐ろしいゲーム。
これからやる人には,ぜひ,やらないでいただきたい。(笑)

今はやりのワイドパンツについて

いま,だれでも履いているワイドパンツ。
会社の女性たちも皆こぞって履いているワイドパンツ。
去年はガウチョだったのに今はもうみんなワイドパンツ化。
(ガウチョの方が丈が短くて末広がりなイメージ)

最初,GUの広告で香椎由宇とかが履いていて
はじめは抵抗があったものの
今や猫も杓子もワイドパンツで
見慣れてしまったからよく見える。
人間とは単純なものよ。

こうなってくるとワイドパンツが欲しくなってくるのが人間の性。

ガウチョは去年のブームのときに1着買ってみたけど
トイレに行きにくいという現実的な理由で
今はほとんど履いていません。(現実的すぎるわ)

でもやっぱり欲しくなるワイドパンツ。


先週末に小銭を貰ったので早速ワイドパンツ探しに
地元のアウトレットに出かけてみた。

今はいろんな素材で出ていて。
デニム,シフォン,プリーツ入り…

シフォン素材やプリーツ入りのシフォンなんかは
ローリィズファーム!!!!
って感じだから,遠慮した。

少し張りのある,ポリエステルのもので,
よさそうなワイドパンツがあったので早速試着♬

色はブラックをチョイス。


・・・


あれ???


なんか,これ,見たことがある。





弓道部で・・・・・。




というわけでやっぱり買うのやめた。
なんで私が履くと袴なの?履いたワイドパンツ自体がダメだったの?

もうすこしイカしたワイドパンツを探そう。
そして探しているうちにきっとブームは去るに違いない。

東京にもいろんなビジネスマンがいる

先日,東京から来た関連会社の人が,
社内でプレゼンをしてくれるという機会があった。

うちの会社では,外部の人が来てプレゼンをする機会なんてほとんどないし
会社も人口も多い東京で揉まれた一流の営業マンが
プレゼンをしに来てくれるなんて…

「きっとものすごいプレゼンが聴けるに違いない!!!」
と,高まる期待。

東京から来たのは某社のヤマネさん(若手)と,その上司。

東京から来ているだけあって(←強調)なんか
びしっとしている気がする!!!!
あれが一流の営業マンか!!!
と,期待のまなざしが集まる。(田舎だからね)

スライドショーの表紙は,バックに画像の敷かれた
なんか一流っぽい感じ。(適当)

そして始まるプレゼン。


・・・

・・・・・

・・・・・・・・

(時間配分大丈夫かな…)

(何が重要かわからない…メリハリなさすぎる…)

(スライドに情報詰め込みすぎ…文字小さすぎ…)

船を漕ぎ始める人,ちらほら。

(うわー… もう10分オーバー・・・)


・・・・

頑張ってるのはわかるんだよ。ヤマネさん。
うん,きっと,プレゼン慣れてないんだよね。


しびれを切らしたヤマネさんの上司が,
ヤマネさんのマイクを取り,巻きで進め始める。


・・・・



だんだんヤマネさんがアンガールズの山根に見えてきた…

ジャンガジャンガ…?


という感じで大幅に時間をオーバーし,プレゼンは終わった。


もう少し名古屋にも自信を持っていいんじゃないかな,と思ったのでありました。(笑)

まあきっと,丸の内とか六本木とかのすごい人はすごいんだよね!!!!
個人差!!!!!

東京だからって期待する田舎の会社員はかわいい。

英語の翻訳について

英語に追われておりましたが不十分ながらひと段落しました。

大学の授業のために英語を訳しておりました。
が,私は別に英語の勉強をしているわけではない\(^o^)/
教育史の勉強をしているのです。
でも,通い始めたおととしから,なぜかずーーーっと英語です。(笑)

というのも,西洋教育史だと日本の文献が少ないそうで,
海外の文献の方がいっぱあるので英語の本を。
日本の教育史でも,占領期の研究をしようとすると
GHQの文書とかぶち当たるわけで…

大学時代よりはるかに英語やってるんだが(笑)

英語はずっと苦手でした(;´・ω・)
今もほんとに苦手です(;´・ω・)
そりゃTOEICとかは受けてたけど,
授業の片手間にやって受けてただけだから
英文学科の人とかの足元にも及ばない。

というか私は典型的な日本の英語教育が生み出した
「書けない,話せない」人間だ。

※今は日本の教育も四技能(読む,書く,話す,聴く)を
育成する方向に変わってきているのだが…

大学で「Where's the library?」と聞かれて
テンパって「イッカイデス」って片言で答えるくらいの
英語力の低さ!驚くべき英語力の低さ!

読むのは,ずーっと継続的にやってきて,
最近かろうじてなんとか…って感じではあるけど
本当に難しいとひしひしと感じています(;´・ω・)

海外文献は,歴史学だからなのか,案外事務的な文章ではなく,
修辞に富んだ文章だったりもするから,意外にイディオムが多い。
受験英語みたいなやつも出てくる。
そして構文を理解するのが難しすぎて,狂いそう。笑
挿入句も多すぎて何を挿入してるんだからわからんくなる\(^o^)/

GHQの文書なんかだと,一般のGHQの職員が打ってたりするから,
平易な文章の割に読みにくいorz
タイプミスもかなりあってどの単語のことか識別する困難…

なかなかスピードアップもできなくて,
構文もさっぱりわからなかったりもして,
う”あーーーーってよくなるんだけど,

周りや全体を眺めて声に出して読んだりしているうちに
言っていることの意味がわかったり,
品詞を取り違えていたことに気づいたりしてひらめくと
すごく嬉しい。

そういうときに,案外英語って楽しいかも。って思う。

英語がサクサク読めたり,
聴けて話せたら世界が広がるだろーなあ…

なんてドリームを抱いて,
NHKラジオ講座に興味を持ち始めた次第であります…(笑)

まあ基本的に言語嫌いだから続くかわからんけどね(´・ω・`)
始めたらその時はまたブログ書きます。