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最果タヒ「きみの言い訳は最高の芸術」

読みました。


152ページ,1300円(税別)。

人のエッセイなんて買ったの,いったいいつぶりだろう。
「syunkon カフェ雑記」がエッセイになるなら,それぶりだ。
それより前にエッセイを買った記憶はない。

発売日に,本屋さんを回ってゲットしていました。
最近は発売日に本を手に入れる,というイベントがひとつのエンターテイメントになっていて,
これも2店舗くらい回って,手に入れました。
名古屋は遅いんです。雑誌とかコミックとかなら必ず新刊はあるのに,
文芸本とかは大きめの本屋しか置いてない。
けど平日に名駅の三省堂みたいな大きいところに行く余裕はないから
会社が終わってから自転車を漕いで本屋をはしごする。
だから達成感がすごいんです。って,なんの話や。

発売日にはしごして手に入れると,もうそれだけで満足しちゃって,
結局読むのは結構後っていうね。

本の話に戻るけど
結局タヒさんが書くと小説もエッセイもどれも詩だ。
細かく見ていけばもちろん違いはあるんだけどざっくり言って詩みたいなものだ。

本人は,自分は最果タヒというコンテンツを作ってる,って
自分に対して距離を取っているように書いているけど
書かれていることは最果タヒの中に近いことば・・・というか
最果タヒが肉弾として迫ってくるような感じ。
そして読んでいると,なんだろう,ひさしぶりに不安定な感じになりましたね。
エッセイって安心して読めるもの多いじゃないですか。さくらももことか。笑
安全・安心みたいな。

でも,最果タヒのエッセイはどこまでも突き放されるし,どこまでも身勝手だし(いい意味で),
どこに飛んでくるかわからない不安定さがあるというか。
そこが心地よいとも言える。
読後感は・・・そうだな,なんかぼんやりする感じ。(笑)
よかった!面白かった!というわけではなく,つまらなかった!というわけでもなく
年が近いのもあるのか,いまこの時代をいっしょうけんめい生きている私ってかわいい。って思う感じかな。(笑)

一つひとつのテーマについて感じる気持ちを,
無視するでもなく,執着するでもなく,距離を置いて眺める,
みたいなところかさすが詩人って思います。
私もそういえばこういう気持ち感じたことあったけど言語化したことなかったわ。
ってハッとしたりする。

まあそんなところでした。
友達はいらないって書いてあるけど私は彼女と友達になりたいよ。
1年に1回連絡するくらいの関係性で。
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気づいたらもう今年が終わるまで1か月半

また,ブログを放置しておりました。

10月から狂ったように仕事が忙しくてむかむかしておりました。(笑)

男女雇用機会均等法や育児・介護休業法で同僚からのマタハラは禁止されているし,
きっとお互いさまだからしょうがないだろうし,
実際に復帰されたら一言も文句なんて言いようがございませんが,
やっぱりここだけの話,
(どんなけクッション置くんや)

産休の人がいると仕事がたいへん。

というか産休取っている人のせいではなく,
産休取っている人がいるにも関わらず,
人員補充しない会社の問題なんだけどね。

産休の人のぶんの仕事がほとんど私に回ってきて,
嫌だと言えない状況に追い込まれており,
しかし,「無理です」っていうには限界まで追い詰めて仕事をしないと言えない状況であり

(業界によっては徹夜とかもあるだろうからまだまだウチの業界は
ぬるいんだろうがそんなん下を見たらきりがないし
だからD通の過労自殺みたいな惨劇が起こるのであるし)

ただストレスと疲労だけが蓄積された秋は,

思いつきで買った双眼鏡で
野鳥や月を見るのが慰みでありました。




仕事と大学と詩の三重生活が
私のいのちをすり減らしているのをひしひしと感じ
頭痛と眩暈にくらくらしながら自転車を漕ぐ毎日です。

今後の進退について,真剣に考える時が来たように思いにけり。
にきにけり。
もう漢文なんて忘れてしまった。

この数か月でも,私の興味は新幹線のように高速で通過していきました。

ウクレレを弾きたいと思ってみたり
エスペラントを学んでみたいと思ったり
最近ではオンライン英会話に興味が高まっています。

自分でもこの噴水のように次から次へとあふれる興味は
いったいどこに源泉があるんだろうと
半分呆れながら,
これがもしかしたら自分のよさなのかもしれないと
考えてみたりしています。

通勤でしかほとんど外を見ないうちに,秋が終わろうとしています。
さむいです。心はさもしいです。

ナンセンスなブログです。
そんな時がたまにあってもいいと思いました。