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1988の憂鬱

例外なく,わたくしもポケモンGOやっています。

仕事が今大変忙しいです。
今年は6年目,なのでやる仕事も増え
さらに産休の先輩がいるのでそのしわ寄せもあり
大学の発表も佳境を迎え(一応昨日終わった)
詩作の時間はほとんどなく
通勤時間は英語のリスニング。

っていう生活をしていたんだけど
さらにポケモンを捕まえないといけないときた。


って,冗談はさておき。

ほんとにポケモンGOは面白い。
GPSで地図情報を使い,VRでまるで現実世界に
ポケモンが現れたように見える。

私たち,20代後半は,ポケモンストライク世代だ。

小学校低学年のとき,ポケモンが巻き起こしたムーブメントを
リアルタイムで見てきた。
多くの子が緑か赤,のポケモンから始め
青,黄色,金,銀・・・

私は金でストップしたけど
当時のことはとてもよく覚えている。

近年の妖怪ウォッチブームみたいなもので
ポケモンのゲームだけではなく,
男子はカードやシールを集めていたし
パンにはポケモンのシールがついていた。
小学館の「小学●年生」や「コロコロコミック」に
ポケモンのマンガが掲載され
アニメでは突然サザエさんをとがらせたような髪型の
ださいベストを着たサトシがピカチュウを引き連れて登場し
画面の点滅で気分を悪くする子どもが現れた。
アゲハチョウの幼虫を捕まえた子はその幼虫に
「キャタピー」という名前を付けたものだ。
二ドラン以外のポケモンに
性別があるのかどうかよく覚えていないのだが
ピッピとプリンは可愛い女子みたいな立ち位置だった。

2000年前後に,小学生だった君は,
これらのことをよく覚えていることだろう。

ポケモンGOで,ポケモンを捕まえると
当時のことをすぐに思い出すし,
名前も見れば蘇ってくる。
長い間ポケモンから離れていたのに,
ニョロモの進化形はニョロゾだし,
ウツドンの進化形はウツボットだ。

「栄でピカチュウを捕まえた」
「鶴舞公園にギャラドスがいるらしい」
「神領でカビゴンを捕まえた」

地理的条件に,そこまで拘束されないことは
分かっているのだが,
ほとんど現実化したポケモンについて
どこで捕獲したかという話,
その現実と非現実の融合,
そのおもしろさ。
ナンセンスだと分かっていても,
くつくつ生じる,おもしろさ。

なんてポケモンGOって面白いんだろう。



って思うんだけど,

ポケモンGOをやることで,
やらなかったら生じなかったはずの負の感情も生じることで,
感情が揺るがされていることに気が付く。
ポケストップに近づいたときに,たまたまアプリがフリーズして,
モンスターボールが得られないとき。
捕まえたいポケモンをうまく捕まえられないとき。
イラッとした感情が生まれる。

アタラクシア・・・
ヘレニズム時代という不安な時代を生きた,エピクロスが唱えた,心の平静。
アタラクシアの境地からは,どんどん離れていく。
短期的な快楽は確かに得られる,
けれども,
アタラクシアからはどんどん離れていく。
アタシコレデイイノカシラ、

っていうのが,1988年生まれの,私の憂鬱。


飽きっぽいからきっともう少ししたら飽きるんだろうけど
巨大なムーブメントに巻き込まれている,
安心 と 不安。

鶴舞公園は祭りだ。
みんなこのビッグウェーブに乗っている。
私もギャラドスが捕まえられるなら,行きたい,
ポケモンを集めているたくさんの大人たちの,
姿を見て,安心したい。
互いに言葉を交わさないとしても,
姿の見えない誰かがルアーモジュールを使って
そこにわらわら集まる,トレーナーたち,
存在だけを確かめて,
安心したい。
かすかに残存する,ノスタルジア。
公民館で,ケーブルを使って,
対戦したあの日,
もうケーブルは姿を消して,
今はひらひら舞う,花びらに。

そんな1988の憂鬱は
もう数週間後にはゆっくりと消えて
現実に向かい合っていることだろう。
ノスタルジアがあるから,楽しい,恐ろしいゲーム。
これからやる人には,ぜひ,やらないでいただきたい。(笑)
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